皆さんは横綱千代の富士をご存知でしょうか?

 

千代の富士とは・

1955年に北海道松前郡福島町で漁師を営む家に生まれた。子供の頃から漁業を手伝って自然に足腰が鍛えられ、中学生では運動神経が抜群だった。特に陸上競技では走り高跳び・三段跳びの地方大会で優勝し、なかには「オリンピック選手もいける」と言われるほどだったが[誰によって?]、相撲は大嫌いだった。1年生のときに盲腸炎の手術を受けたが、秋元少年の腹の筋肉が厚いために手こずって予定を大幅に上回る長時間の手術になってしまい、終了直前に麻酔が切れてしまった。それでも必死に耐え続ける体格の良い秋元少年を見た病院長が見出し、千代の山雅信の入門の世話をしたことがある若狭龍太郎に連絡した。その連絡を受けた九重から直々に勧誘されたが、自身はあまり気が乗らず、両親も入門に大反対したため一旦は断わっていた。

それでも諦めない九重は秋元少年に対して「とりあえず東京に行こう。入門するなら飛行機[1]に乗っけてあげるよ」「中学の間だけでも(相撲を)やってみて、後のことを考えたらどうだ?」などと持ちかけると、結局、その飛行機にどうしても乗りたいがために、家族の反対を押し切って九重部屋に入門を決めた

 

昭和56年7月場所横綱昇進

 

昭和63年には53連勝の記録を作った

 

そして平成三年5月場所

 

初場所の肉離れから復帰した千代の富士

 

この時35歳

 

この日の対戦相手は新鋭貴花田(のちの横綱貴乃花)

 

注目の取り組みは

 

 

貴花田が千代の富士の脇に手を入れ

 

千代の富士は廻しが取れない

 

押し出しで貴花田に敗れる、

 

ここでファンは引退か?と思われたが

 

支度部屋で記者に「引退は?」

 

と聞かれたが

 

千代の富士は「勝っても負けても引退しないよ」と

 

二日目の対戦相手は板井

 

取り組みは

 

立会い出遅れたものの

 

すぐに巻き返して電車道

 

圧勝か・と思われたが・・・・

 

千代の富士は「最初押させてしまったと」

 

納得いかない相撲だったと

その日の夜

 

千代の富士は奥さんに「明日やめたら引退する」と発言した

 

五月場所三日目

 

支度部屋での千代の富士は落ち着いていた・・・

 

三日目の対戦相手は藤島部屋の貴闘力

 

千代の富士の頭の中によぎっているのは?

 

注目の取り組み

 

立ち会いから押され

 

巻き返すこともできずに小手投げで敗れ

 

取り組み後貴闘力は「うれしいです、刺されないようにしようと思って・・・・

 

たぶん思ったんでしょう、あんまり覚えてないですけど・・・

 

ぱっと気がついたら決まってたみたいな感じだったですけど」と

 

部屋に帰宅した横綱の表情は何かさみしげだった・・・・

 

その後横綱は車でどこかに向かった、

 

親方は「腕が痛いとか本人から聞いてないから」と

 

その後親方は理事長へ引退を申し出ようとしていた。

 

その夜九重部屋にマスコミが集まった、

 

午後8時、運命の時が・・・・

 

横綱「長いあいだ、本当に、皆様にお世話になりました。まあ・・あの・・突然の引退ですが

 

・・・・・・・・・・・・・・体力の限界・・気力もなくなり、引退することになりました・・以上です」

 

千代の富士は貴花田に敗れたために引退したわけではなかった。

 

その後陣幕を襲名し親方と名跡交換、九重を襲名、

 

現在は九重部屋の親方として、大関千代大海(現佐ノ山)などを育てた。